ダーレーまで歩いて行った。


 突然、「ディープスカイに会いにいこう」と姉が言い出した。
 時は10月、ディープスカイの引退からまだ2ヶ月も経っていないが、まさかの北海道旅行である。しかも無免許なのに。


 日本列島を直撃した台風18号とともに北上した私たちは、北海道日高町にやってきた。青い空、一面に広がる牧場、遠くに太平洋もうっすらと見える、そんな雄大な自然に抱かれた地。ここに、ディープスカイが繋養されているダーレージャパン・スタリオン・コンプレックスがある。
 この時点ではダーレーというと「ドバイの王様が持っているなんかすごそうなところ」というイメージしかなかった。現役中のアドマイヤムーンが超高額で取引された記憶も新しく、「得体の知れなそうなところに引き取られたんだなぁ…」という印象だった。
 札幌から1時間半、道南バス『高速ペガサス号』は私たちを「富川元町」なるバス停に降ろすと、浦河を目指し走っていった。
 通行人の姿などひとりも見えないが、タクシーも見当たらないし、歩いてダーレーを目指すしかない。


今回の目的地と経路。

 バス停最寄りのセイコーマート(北海道限定のコンビニ…と思ったら埼玉と茨城にもあるらしい)に立ち寄ってから、私たちは国道235号線を歩き出した。現在時刻は13時半。見学開始は15時だから、少し余裕があるぐらいだろう。そう楽観視して歩く私たちの道程は案外楽しいものだった。途中にシンボリ牧場を見つけたり、ダーレージャパンの福利厚生施設と思われる邸宅を見つけたときなどテンションがあがったものだ。

 
シンボリ牧場とルドルフ様(たぶん)
※パーソロン御大の間違いだったようです(2010.12.21追記)


(おそらく)ダーレー職員のリッチな社宅

 だが、それも最初だけである。数十分もただただ歩いているだけだと、おしゃべりな人間も無口になってくるものだ。最初はきゃっきゃとはしゃぎながら写真も撮っていた。しかし、そのうちカメラを構えることもなくなり、しまいにはぱったりとしゃべらなくなった。それでも、女ふたりは235号線を歩き続ける。国道235号線は結構な坂道である。しかも、私たちが歩いていた車線は途中で歩道がぶっつり途切れてしまった。意外に交通量の多い間を縫って反対車線へ。北海道の道路はかなり広い。車道を渡るのも命懸けである。


「たいへんな坂道だね。ボクの背なにお乗りよ」ディープスカイの声が聞こえたような気がした。

 「あははー、ぼくははやいよー。びゅんびゅんはしるよー」
 だんだん自棄になってきたふたりは、時折意味のわからない言葉を口走りながら歩いた。
 牧場見学の友・『競走馬のふるさと案内所』の日高案内所のお姉さんによると「富川元町のバス停から国道235号線をまっすぐ歩いて、『とねっこの湯』(温泉センターの類)を右に曲がってまっすぐ歩いて突き当たりを左に行ったらあります」と実に気軽なイメージだったのだが、まず、その『とねっこの湯』にたどり着かない。おかしい。
(案内所のひと、絶対に歩いて行ったことなんかないだろう←そもそもこの辺に無免許でやってくる方がよっぽどアレである)
 こんなことなら日高紋別駅まで出て、タクシーにでも乗ればよかった、と後悔しながらもひたすら歩く。立ち止まっても誰も助けてくれないのだ。チキンな私たち姉妹にはヒッチハイクをする勇気も元気もなかった。

 ようやく『とねっこの湯』までたどりつく(ここで私がとんちんかんなことを言い出して一時的に混乱に陥るのだが面倒なので省略)。
 今度は細い町道のような一本道をとことこ歩いていく。案内所の説明によると、この道の突き当たりを左折すればダーレーなのだが、はたと気がつく。
 この道に突き当たりなどあるのか、と。
 地の果てにでもつながっているのではないだろうかと思えるほどの長い長い道である。国道を歩いていたときは、なんだかんだで『とねっこの湯』という明確な目印があった。しかし、今は違う。「道の突き当たり」である。しかも、「あ、道が途切れたな」とわかるような様子はここからではまったく見えない。アバウトな案内を信じて歩くのである。それはある意味、地獄への行進だった。
 本当にこの道でいいのかと、確証が持てないまま20分ほど歩いたところで、急に景色がばっと開けた。だだっ広い造成地が目の前に広がっている。道はそこで確かに突き当たりになっていて、左に曲がって迂回するように続いている。そして、そこにはこんな看板が立っていたのだ。


写真撮り忘れたので回想イメージ。

 見渡す限りの砂利、生い茂る雑草。そして、世界のダーレーの看板(なぜ、これを国道に出していてくれないものか)。実にものすごい違和感である。
 普通なら、「あぁ、よかった。ちゃんと正しい道を歩いてたんだ」と胸をなで下ろすところなのだろうが、「本当にダーレーはあるのか?」などと半信半疑で歩いていた私たちは、ついに「この看板は本物の案内板なのか?」などと言い出す始末である。あるはずのない被害妄想が私たちを襲う。
 ディープスカイが偽の看板を置いて我々を惑わせようとしているのではないか。そうしておいて、その辺の薮の中から、にやにやと笑って眺めているのではないか。

  これは、ぼくたちにとって、せかいでいちばんきれいで、いちばんかなしい景色です。
  上に描いてあるのと、同じ景色なんですが、きみたちによく見てもらいたいから、
  もういちどかきます。
  あのとき、彼が現れたのはここ。それから看板にイタズラしていったのも、ここ。
  しっかり、この景色を見てください。もし、いつかきみたちが、日高を旅したとき、
  ここがちゃんとわかるように。
  それと、もし、ここを通ることがあったら、お願いですから、立ち止まって、
  看板の前で、ちょっと待ってほしいんです!
  もし、そのとき、一頭の馬がきみたちのところへ来て、からからとわらって、
  栗毛色のたてがみで、道を質問してもうそを教えてくれたら、
  それが誰だか、わかるはずです。そんなことがあったら、どうか!
  ぼくたちの、ひどくせつない気持ちを、どうにかしてください。
  すぐに、ぼくへ、メールを書いてください。
  あの子がイタズラしにきたよ、って……

  参考リンク:青空文庫『あのときの王子くん』(別題『星の王子さま』)


にやにや。

 いや、いくらなんでも世界のダーレーがそんな子供だましを仕掛ける訳があるまい。そう言い聞かせて、大きく迂回した道を歩いた。さっきまで畑や民家や造成地が続いていたまわりの風景も、鬱蒼とした薮に変わっている。通行人はもちろん、ほとんど車も通らない。遭難しても、誰も気づくまい。日中だったからよいものの、女ふたりでこんな道を歩くなど、無謀にもほどが過ぎたと今では反省するばかりだ。
 そして、さらに10分ほど歩いた。道なりに茂る薮が途切れると、目の前に広大な牧場が現れた。これがダーレーなのだろうか。ふたりとも棒になった足を一歩一歩くり出し、ふらふらになりながらその牧場に近づいていく。青空がよく似合う、緑の牧草地がまぶしい。
 ふいに、警備員のおじさんが登場した。「見学者の方ですか?」ここまで来てようやく確信できた。着いた!


到着。

 見学開始の15時まであと15分ほど。日高到着からすでに1時間以上が経っていた。


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