ダーレーのゆかいな仲間たち


 15時になって通用門が開いた。私たちのほかにも何組か見学者の姿が見えたが、当然車で来場していた。通用門が開くと、すうっと車で中に入っていく。厩舎までかなりの距離があるが、ここでも私たちはてくてく歩いていった。数分してようやく私たちが厩舎前にたどり着くと、他の見学者たちは(…このひとたち、徒歩?)と目をむいていた。はい、徒歩でした。


結構距離がある。奥に見えるのが通用門。右手は放牧地(どの馬のものかは失念…)。

 見学者がそろうと、さっそく厩舎見学がはじまった。スタッフが同行して逐一解説してくれる。ダーレーに繋養されている種牡馬は8頭。残念ながら今回はディクタットに会うことはできなかったが、7頭の種牡馬たちが披露された。大きな造りの厩舎がふたつあって、そこにそれぞれ4頭ずつ馬房が割り当てられている。まず最初の厩舎。ザールが蹄をチェックしてもらっているところに遭遇。ザールは足元があまり強くないらしく、かなりこまめにケアをしているそうだ。ちなみにチェックをしているスタッフは外国人。こんなところにダーレーらしさが見て取れた。


遠目からなのでこれが限界。

 日本での供用開始は2007年からということで、来年産駒がデビューする。日本ではあまり馴染みのないザフォニックを父に持つが、牝系は非常に魅力的。近親にはカジノドライヴやフサイチパンドラの名もある。


広々とした放牧地。これはアドマイヤムーンのもの。

 ザールたちの入っている厩舎は放牧地に面している。ダーレーの方針は「1頭の馬に1ヘクタール以上の放牧地を」らしいが、それも過言ではなさそうな緑が一面に広がっていた。こんなに広い土地を8頭だけでそれぞれ独り占めしているのだから贅沢だ。のびのび過ごしているためか、ダーレーの種牡馬はどこか皆おっとりしている印象だった。



こんにちは。

 スタッフの口笛に顔を出したのはストーミングホーム。02年のジャパンカップで来日し、日本での「チークピーシーズ」着用を広めた馬として有名らしい。現在、日本ではシルクマイホームのみが現役として走っているが、初戦は勝ち上がったものの少し苦戦が続いている。しかし、考えてみればたった1頭しかいない産駒が勝ち上がりを決めているのだから、その後も期待できるのでは。本格的に産駒が登場するのは2011年以降。


応援してくださいね。


いらっしゃい。

 その隣の馬房にいるのはルールオブロー。キングマンボ産駒で、ダーレーがかなり期待している種牡馬の1頭。同じくダーレーの種牡馬・アルカセットによく似ていると評判。来年、産駒がデビューする。



ねむい。

 見学者に興味があるのか、よく顔を覗かせていた。口笛を吹くとすぐ顔を出すところを見ると、人間によくなついているようだ。これにはほかの見学者も「人なつこいね」と驚いていた。
 じっくり眺めたところで、もうひとつの厩舎に移動。


これはお仕事場。

 こちらの厩舎にいるのは日本で競走生活を送ったり、出走経験があるなどおなじみの種牡馬たちだ。
 まずはアルカセット。いまだに破られていない東京芝2400mのコースレコードを持つ。ヨーロッパで活躍したが、ジャパンカップの走りから日本での産駒の活躍が期待されている。今年デビューの産駒の勝ち上がりはちょっとゆっくりめだが、「アルカセット自体がキングマンボ産駒で晩成型なので。長い目でゆっくり見ていきたいと思います。時間が経てばもっと活躍できるはずですよ」とはスタッフの弁。入れ替わりの激しい種牡馬の世界で、ここまで余裕たっぷりに見守っているのに驚かされた。


ルールオブローの兄貴分。言われてみたら似てる?

 人なつこい姿が印象的。スタッフにちょっかいを出す姿はとても愛嬌がある。見学者からニンジンをもらっておいしそうに頬張っていた。ルールオブローにしてもそうだが、キングマンボ産駒は人なつこいのだろうか?別の機会に見学したキングカメハメハには完全無視されたのだが…


Wikipediaによると愛称は「タロウ」…


こんにちは、おつきさま。

 アルカセットの隣でぼんやりしていたのは40億円のお月様ことアドマイヤムーン。現役時代の活躍ぶりは説明不要。個人的には「はじめて馬券を買い、なおかつ素晴らしい額をバックしてくれたお馬さん」として記憶されている。


クール。見学者にも媚を売らない。

 ムーンはかなりクールな馬のようだ。呼んでも出てこない。気が向いたらふらっと顔を出して、飽きたらスッと引っ込んでしまう。おかげでなかなか写真も撮れなかった。しかし、そこでスタッフの方に強力な小道具を用意してもらった。
 ニンジン。
 これにはさすがのムーンも釣られるに違いない。「どなたか、あげたいひと〜」なんとアドマイヤムーンにニンジンを食べさせるチャンスが到来。つい、「はいっ、はいっ」と手をあげてしまった。快く譲ってくださったほかの見学者の皆さんに感謝。まぁ、いつ噛まれるかと思ってへっぴり腰だったのだが。


ニンジンには釣られる。


アルカセットとアドマイヤムーンの馬房。大きい。

 アドマイヤムーンの凛々しさにうっとりしつつ、「ディープスカイはどこだろう?」とはやる気持ちを抑えてカメラを構える。ほかの見学者もディープスカイのことが気になっているようだ。ディープスカイが繋養されてから見学者が格段に増えたというダーレー。お目当ては確かにディープスカイなのだが、素晴らしい種牡馬や施設の前には驚かされてしまう。私はスタリオン・牧場の見学ははじめてだったのだが、「さすがダーレーだなぁ」と何度もため息をついてしまった。そうやってシャッターを切っていたその時。


こんなふうに2頭で贅沢に占有可能、って…あれ?


いたああああああああああああ!!!!!!!!

 いよいよ真打ち登場、ディープスカイ。
 これまでメディアを通じて何度も人なつこい姿を披露してきた彼だが、実は見学開始当初から見学者を気にして何度も何度も顔を出し入れしていたようだ。この顔が拝めただけで、1時間以上歩いた疲れも吹っ飛ぶというもの。ここからは愛らしい表情をぜひ堪能していただきたい。


あそびにきたのー?ぼく、ひまだったからうれしいなぁ。

 
ゆっくりしていってね!(喜びすぎてもうめちゃくちゃ)


もう、へんなかおばっかりのせたらいやだよ。

   
ぼく、こんなにかわいいんだからね。


まぶしいー。(西日です。フラッシュじゃないです)

 「ディープスカイにもニンジンあげられますよー」
 スタッフの方からふたたびニンジンが。今度は姉がニンジン係に(ずっとディープスカイの馬房にかじりついていたからか?)。姉はディープスカイのファンだが、実は現役中は一度も生で観ることができなかった。今回、はじめての対面に喜びもひとしおだった。


もうニンジンしかみえない。

 アドマイヤムーンが一気に頬張ろうとするのと対照的に、少しずつ小分けにして食べていた。意外に上品なのかもしれない(その後、決してそうではないことが明らかになるのだが)。


好きなおかずはちょびっとずつ食べるタイプなのかも。

 ここで、ダーレーの名種牡馬たち最後の1頭をご紹介。


こう見るとこんなにかわいいのに…

 2000〜01年にかけて世界を席巻した名馬・ファンタスティックライト。こちらもしょっちゅう顔を出していた。やはり人が気になるのだろう。特徴的な流星に、三白眼。その個性的な風貌に一目惚れする見学者も多いようだった。



これが世界を制した男の目!


黄昏。


「なんだテメェこの野郎」「なんだコノヤロー」(後ろに注目)


「テメェは黙ってろ!」「すみませーん」

 もう一度、ディープスカイのかわいらしさを見ていただきたい。突然、馬房の中に引っ込んだかと思うと、おもむろに飼葉をたっぷり頬張ってふたたび顔を出した。わざわざ見学者に見せびらかすように食べている。先ほどニンジンを食べたにも関わらずこの様子。現役時代も「食べるのが趣味」と言われただけはある。

 
もぐもぐ。おいしいよ。あげないからね。

 しかし、欲張りすぎたのか。ほとんど下に落としてしまった。馬房の中で食べていれば食べこぼしもしなかっただろうに…。ファンサービスが裏目に出てしまったか。ちなみに、スタッフによると「ウチでいちばんいやしい馬」だと言う。飼葉桶も専用の「食べこぼし防止カバー」がつけられているのだとか。そのいやしさが爆発したのが今回の結果と言えるだろう。

 
あぁ、おいしいカイバが… しょんぼり。

最後に気を取り直して、ディープスカイの動画を。画質が粗いのは目をつぶっていただきたい。





 そして、1時間の見学時間も瞬く間に終了。名残惜しく、何度も何度も振り返り、「また来るね」と声をかけながらの別れだった。ディープスカイも馬房の中から去っていく見学者の背中をずっと見ているようだった。


さみしくなんかないもんね。 …またきてね。

 楽しかった見学が終わったということは、来た道を引き返すということである。ダーレーのスタッフにも「え?歩いてきたの?!」と絶句された我々だが、ディープスカイに元気をもらった今、怖いものなど何もない、訳では決してないのだが、やむをえない。カラ元気で「さぁ、帰るぞ」と歩き出した時、後ろから1台の車が近づいてきた。一緒に見ていた見学者のカップルの方である。

「よかったら乗っていきませんか?国道までならお送りできますよ」

 函館ナンバーの軽自動車から後光が射しているのが見えた。将来、免許を取ったら人に親切にしようと思った。
 その後、バス停にたどり着いた私たちが通り雨や地震に見舞われたのはまた別の話である。札幌に帰り着いたのは20時を回っていた。ぐったりとした身体に鞭を入れながら食べたラーメンが美味だったこともまた、別の話である。

 当初はダーレーという存在に、正直いい印象を持っていなかった私だが、今回の見学でずいぶん印象が変わった。もちろん財力があることだからできるのだが、とても馬を大切にしているように見えた。余裕を持って馬の将来を見つめている。広々とした土地でのびのびと過ごす種牡馬たちはみなのんびりしていて、しかもスタッフの声に敏感に反応してみせる。気性の激しいサラブレッドたちには見えなかった。こんな環境を提供できるダーレージャパンがこれからの日本競馬界で大きな意味を持ってくることは確かだろう。
 日本の生産界に与える影響の善し悪しはさておき、ディープスカイやすべての種牡馬がのんびりとこれからの余生を過ごせる良い家であることを願ってやまない。種牡馬の争いはある意味現役時よりよほど厳しいが、まずは無事でいてくれることがファンにとっていちばん嬉しいことなのだから。
 来年はいよいよ種牡馬デビューするディープスカイが、かわいらしくなおかつ強い子供たちを送り出せる優秀な父になれることを願って。


おわり。


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